第28回みらい学講座「コフート心理学」 
一般社団法人 教育総合サポートみらい
講師
 岡澤順治(法人会員)
コフート心理学との出会い
 「コフート心理学」に関する書籍(和田秀樹著『コフート心理学入門』青春出版社,2015)との偶然の出会いを通して考えたことを以下述べてみたい。

 当法人が主催するカウンセリングに関する研修会では,それを実践するにあたっての中核的な理論であるC.ロジャーズの来談者中心療法・パーソンセンタードセラピーに関わる諸理論を学んでいるが,その中心概念である自己一致・受容と共感・傾聴等については,まだまだ十分には理解できてはいない。
 C,ロジャーズの考え方とコフート心理学との関係性はどう捉えればよいだろうか?

➡注1 C,ロジャーズは,カウンセリングを行う際のカウンセラーとしての態度として,またカウンセリングを通じて人がその人格を変化させるに至るための必要・十分条件として,相手に接するときの態度が内面と外面とで乖離していないという意味の「自己一致」,相手に対して無条件に積極的な関心を持ち,相手を肯定的に受け入れるという意味での「受容」,相手の言動を批判的に評価せずに軸足を相手に置くという意味での「共感的理解」の3つを挙げている。現在のカウンセリング界においては,このロジャーズの考え方はある意味,当然の前提となっている。
自分が「自分」でいられるとはどういうことなのだろう?
 著者の和田秀樹氏は,コフート心理学を自分の精神的健康を維持し,自分が「自分」でいられるためにも有用な心理学であるとする。

 「自分がない」状態から「自分でいられる」状態になるために必要なこととは何だろう?

 コフートの心理学は「共感と自己」の心理学という意味でロジャーズが説いた「共感」とも近いのではないだろうか?

➡注2 自己心理学の立場からは,相手に隷従的に共感するのではなく、精神分析における「転移」を重視して「自己対象転移(自己愛転移)」と呼ばれる“自分が自分であるための転移”を通して,相手をある意味,客観的に分析し情報収集することから,あくまで精神分析のひとつの発展形であってロジャーズとは立場を異にするとされるが,ロジャーズの言う共感的理解とは別に相手に隷従することを意味しないし,自己心理学において分析する者と分析される者とはある意味で一体と考える点において,ロジャーズの考え方とも相通ずる面がある。
 少なくとも,カウンセリングの実践においては,上記の2つの立場における「共感」をまったく異なるものと捉えるのではなく,お互いの長所を止揚するという態度が求められるだろう。研究の立場からは,お互い違う面に焦点を当てないと自分の独自性を主張できないが,実践はいつの場合も折衷主義で良い。人間はひとつの研究の枠の中に納まりきれるほど単純ではないからだ。

現代は心の中まで「完璧」を求める危うい風潮


〇 自己対象転移の基本パターンとは何か? 
 ひとつめが「鏡転移」と呼ばれる自己対象転移で,一般的なイメージでは母親的存在であり,幼少期に見られる誇大な自己から派生したもの。ふたつめが「理想化転移」という自己対象転移で自分にとって尊敬に値する存在を意味する。しばしば一般に父親的存在としてイメージされる。3つ目が「双子転移」という自己対象転移。自分と同じような他者を見つけたいという人間の本能的な欲求に基づく。自分が「自分」として存在できるための自己対象。

〈仮説1〉人間が「健全な依存」を通して,他者と良好な関係を結ぶためには,自分の世界に共感し受け入れてくれる「他者の存在」が必要なのではないか?

〈仮説2〉お互いが「双子」の関係になることが出来たら「心がラク」になるだろうか?

〇 目指す理想状況
 「自己対象」としての相手への共感,すなわち相手の長所も短所もすべて丸ごと受け止めること。そうなれば「双子的安心感」の獲得に至る。

〇 まとめ
 コフート理論でいう「相手のすべてを受け入れる“双子”の概念がひときわ大事」かどうか。

➡注3 自己対象転移という概念は「対象関係論」とも関連性が深い。今日のようなジェンダーレスの時代においては,ある状態を表現するのに母親的・父親的という喩え方は避けたいもの。(そのときにそれを使いたい人が言いたいことは分からないでもないのだが)性で分類する表現方法は改めるべきだと思われる。
 「鏡」とは,要は自分を無条件で受け止めてくれる存在。「鏡よ鏡,鏡さん,世界で一番美しいのはだーれ?」に対して「それは女王様,あなたです」と答えるようなもの。今,ときどき人を揶揄する表現として「無敵の人」という言い方がされるが,それ。(無敵と揶揄される人の本心がそうなのかどうかは別として)周囲が見えなくて誇大な自己が膨れあがっている状態の象徴。
 「理想化」とは文字通り,自分の理想像。何度も言うが,父親が必ずしもそうではあるまいし,無意識にはそういう場合でも,表に出た時は素直にそう出るかどうかは怪しい。
 「双子」とは,自分とは異なるが自分と極めて似た存在であり,文字通り「双子」的存在。自分が本当の自分であるためには,そういう存在が必要というのは真理。ただし,他者に必ずしもそういう存在を見つけうるかは約束の限りではないだろう。その場合は,自己の中にそういう「双子」を作り出せるか?ということになる。

《文責》法人事務局


H・コフート
 オーストリア出身の精神科医。S.フロイトの精神分析を基に「自己心理学」を提唱し,いわゆる「自己愛」をキーワードに自己愛性パーソナリティ障害の研究に先鞭をつけた。
自己愛性パーソナリティ障害
 自己が病的に過剰に肥大した状態。いわば,自分のために世界が存在している。そのため,自己のために他者を利用しても痛痒を感じない。
自己心理学
 コフートの自己心理学では,「自己愛」を否定的に捉えず、自分に対する愛着や自己評価の高さを表すものとして肯定的に捉えることを強調し、人が自己肯定感を高め自己実現に向かうにあたって必要なものであると考えた。